Ateen はライチコックの工業ビルの一角にあるベジタリアンの食堂だ。教育関係の仕事をしている地元の友達から紹介を受け、ここ4年ほど私の「昼」を支えてくれる強い味方。NGOが絡んでいて、身障者っぽい人も働いている。中で働いているおばちゃんたちとも顔なじみになり、近くで働いている友人やお客様をお連れしたことも何度か。何せ日本人がいないので、日本語で話していても、あまり気にならないし、もちろん美味しいし、長くいても追い出されないし、しかも料金が破格に安いというのがその理由。今は2種類のおかずとご飯(かビーフン)とスープがついて45ドル。(約630円ほど)
ある日、いつものように食券を買おうと並んでいた私は、注文番号を言った後、青くなった。うっかり財布を忘れてきたのだ。オフィスは近くて遠い、徒歩10分だから戻ってお金を取ってくるのは難しそうだ。
今日は現金を忘れてしまったから又明日来ると、食券売り場のおばちゃんに言い、帰ろうとした時彼女が「明日返せばいいから、食べていって」と言う。私はひどく驚いていたのだろう、彼女は笑いながら「いいよ明日で」と言ってくれる。慌てて名刺を渡しておけば証明になるかと思いつき、カバンをごそごそしてみるが、その日に限って名刺も持っていない。それでも彼女はいいよと言ってくれる。
「毎日来てくれてる常連さんじゃないか」
かつて私の父が育った青森県西津軽郡木造町では、当時「付け」で買い物をしていたと、その昔義伯母から聞いたことがある。いつも決まった商店で買い物をするので、月末になると一カ月分まとめて集金にくるそうだ。お店側は得意客を確保するこができ、客側は財布無しでも買い物ができるいいシステムだったのかもしれない。
そんなことを思い出しながら、食券売りのおばちゃんに押し切られ、いやおばちゃんのご厚意に甘えて、私はいつも通り食事を済ませることができた。そして帰り際のおばちゃんの名前を来たら、「アサー」だという。香港の女性アイドルグループの片方と同じ呼び名だと思いながら、暖かい心で食堂を出た。
実際ここ香港ではランチタイムにうまく座席に滑り込み美味しいと思える食事を納得できる価格で食べるのはなかなか至難の業だ。うちのように小さなオフィスでは弁当をゆっくり食べる場所を確保するのは難しいことから、ランチは外でと決めている。ところが息抜きに外にでているのも係らず、もっとストレスが膨らむ原因になることもしばしば。だからこの食堂を紹介された時は本当に有難かった。私はベジタリアンではないが、一食野菜ばかりでも気にならないし、大抵は卵料理か豆腐料理を選ぶようにすればたんぱく質も取れる。又、野菜の種類が多いので、偏りがちな食生活を送る者にとってはなんとも有難いばかりだ。
最近は街全体がいくつかのグループに分かれ、些細なことで小競り合いが絶えない。だからこそ、こういう親切にあうと、ほっとして安心できる。まだまだ大丈夫だよ、と誰かがささやいてくれているような気がした。